あれか、これかという二分法は自分を疲れされる。やらなければいけない仕事が山のようにある。しかし、洗濯物や食器が積まれている。トイレもきれいにしなければならない。掃除機もかけなけらばならない。
きっと今までの自分だったら面倒臭くてやらなかっただろう。でも、そんなことは言ってられない。というよりも、その発想自体が違うのだ。
仕事か、家事か、という二項対立によって考えるのではなく、どれも必要だし、大事なのだ。生きるということは、そういったさまざまな面から成り立っている。これまで自分はそうやって考えることができなかった。あれがあるから、これができない。そして、放置する。
そうではない。あれがあるし、これもある。だったら、どうすれば良いのかを考える。時間に限りがある。「根性」でやり切るのではなく、あれも、これもやり遂げるためにはどうすれば良いのか、そこがこれからの生き方の「鍵」になりそうだ。