実存というキーワード

 梅雨があけた感覚もないまま、暑い夏がやってきた。先月は外回りが多かったので、汗だくになりながら、疲労困憊な日々であった。そして、ようやくひとつ大きなプロジェクトが終わり、やっと一休みといったとところ。けれども、まだ評価検証は必要である。評価をしていかないとと思う。
 でも、及第点であるという思う。準備段階も含めて、それなりによくできたと思う。自己満足で終わると、落とし穴がある。それを自戒していかないと。
 とにもかくにも、一休みということはたしかだ。すこし「溜め」の時間を作ろうと思う。勉強しなければ、ならない。
 ちかごろ、自分の中に「実存」ということば、「禅」ということばが浮かんでくる。なぜだか、わからない。
 むしろ、構造や脱構築といったことばではなく「実存」。
 わからない。
 自身へのこころやからだへのリアリティ。それを捉えようとする欲求がふくらんできているのだ。

[h23読了 47]
ドストエフスキー全集〈1〉貧しき人びと.分身他 (1978年)

ドストエフスキー全集〈1〉貧しき人びと.分身他 (1978年)

 数年前、ボーナスで大人買いしたが、しばらく積読状態だった。しかし、ようやく第1巻が読み終わった。ドストエフスキー作品って、人物設定がけっこう「家主」が多いのかなとおもう。まずは第1歩。とにもかくにも、20代のうちに、全集を読もう。何かを得たい。何を得るかはわからない。でも、何かを見たいのだ。