【ノート】師匠力

 本屋に行くと、世の中には本当に多くの「○○力」があるもんだと気づかせられる。よのなか、みんな何かしら「力持ち」になる時代なんだろう。

 そこで、自分もその時流に乗って、最近読み返した本から、「師匠力」というものを勝手に見つけてみた。それは、ジャケ買いしたコールハースという建築家のドキュメント本からである。

 スタッフを率いて設計事務所を経営するというのは、ボスにはかなわないと思わせる何らかの優位性がないと成り立たないものではないだろうか。コールハースのように圧倒的に知的に優っている、そうでなければ圧倒的にスケッチがうまい、圧倒的な構想力がある、仕事を取る手腕が圧倒的にすごい、などなど。もしそのような圧倒的に恵まれていない場合は、才能あるスタッフに気分よく働いてもらう社内潤滑剤としての圧倒的才能をもちあわせていなければならないだろう。たぶん。*1

 つまり、師匠の要件として、まずは何らかの「圧倒的」な力を持つということをあげることができる。

 若者は、自分の不準備や不勉強などさしたる問題ではなく、うわべさえ繕えばうまくごまかせるものだとおもいがちだ。しかし、師匠は遥かに上手なのである。師匠は手や身体を動かして自ら無数の経験を積み、若者には見えない異次元に到達しているものだ。そこでは、ものごとが足し算や引き算的な線上に並んでいるのではなく、視覚、聴覚、神経、心理、直観、好み、記憶といったあらゆるものが複雑に絡み合っている。そこからなら、絵を一瞬見ただけでその質はもちろんのこと、描き手の意図や心情などのすべてが透けて見えるのだ。コールハースが経てきた経験も、誰にも及ばないほど圧倒的な量なのである。よもや、高を括ってはならない。*2

 そして、圧倒的な経験を積み重ね、あるものを見たときに、瞬時にそのものを見立てることができる「眼」をもっていることである。
 まとめると、本書から、勝手に自分が抽出した「師匠力」とは「量的経験→質的経験→自身の圧倒的技量→他を見立てる眼」といえる。

*1:溝口範子(2004)『行動主義 レム・コールハースドキュメント』、p105.

*2:同書、pp.110-111.