しあわせを感じること

 何を言いだしているんだと思うかもしれない。今の自分にとって必要なのはしあわせを感じることなんだ。強くそう思う。

 責任ある仕事、影響力のある仕事、先端を行く仕事、確かにやりがいはある。でも、ふと思う、自分はしあわせなんだろうかと。睡眠時間を削り、プライベートな時間を削り、常に明日の仕事へのプレッシャーにさらされる。時折、むなしくなってしまう。

 上昇志向はある。しかし、それは本当に自分の欲望なのだろうか?もしかして、親の欲望なのかもしれない。それとも、世間体という他者からの承認欲求なのかもしれない。

 いずれにせよ、自分はどんなふうに生きたいのか、そんなことを考える。ライフハック自己啓発について読んだりすると、何者かとなり、何事かを成し遂げたくなる。でも、それって、本当にしあわせ?

 きっと、自分は本質的に怠惰な人間。だらだらテレビを見て、ネットサーフィンして、とりためた録画をみて、気が向いた時に読書して、ぶらぶらする。演劇見たり、映画見たり、音楽聴いたり、本屋巡りしたり。

 今の自分は、活きた時間を過ごしていない。常に、追われている。なんだか、つまらないなと思ってきた。仕事のスキルが上がる、責任ある立場を任される、たしかにうれしい。でも、それで自分の好きな時間が減るって幸福なんだろうか?

 仕事か、プライベートか?そんな二分法で単純に割り切れることではない。ただ、きっと自分は気ままに見て、読んで、考えて、適度にがんばる。そんなスタイルがあっている気がする。

 きりきりするより、ゆったりと過ごしていたい。その方が仕事のアウトプットの質を上がる気がする。何を幸せと感じるのか、歩みと行く先を考え始めた、分岐点とも思える夏休み。

 きっと、仕事が追われ続けた暮らしをし続けてきたからこそ、自然に生まれた思いなんだろう。「べき」ではなく、内なる声に耳を傾けてゆるゆると生きていきたい。