教養を積み重ねること

 ノリと笑いによる盛り上がりをめざしていた。しかし、その一方で考えるということがなおざりになっている。それは、私自身の勉強のなさが背景にはあると思う。テキストをしっかりと読み込むこと、精緻に読み解くことがなければ、単なる表層的な「おかしさ」になってしまう。

 間口は広く、しかし深みのある営みをする必要がある。きっと、自分は忙しさや経験にかまけて、そのことを見失っていた気がする。考えることを積み重ねることは、地味だし、面白みに欠ける。しかし、面白みにかけるからといって、そのことを無視し続けていたら、本物の力はついてこない。楽しさばかりを追い求めると、いつかメッキがはがれてしまう。

 やはり大切なのは、背景となる教養である。その教養が、「凄み」や「説得力」につながっていくのだと思う。けれども、教養を身に付けることは地味だ。地味でも、積み重なければ味わいが出てこない。もう一度、しっかりと地に足をつけた勉強が必要だ。